한국가요 최신정보

ここではみわみわが韓国ヒットチャートを調べ、コメントをつけて解説いたします。

ホームページ一言メッセージ他の日記を読む

更新履歴

2003,5,26 BoA登場〜
2003,5,25 as oneについて
2003,5,8 今回は上半期(現在)のバージョンです
2003,5,7 g.o.d(じー・おー・でぃー)について
2003,5,6 click-Bについて
2003,5,5 神話(シナ)について

前の月

5月の日記

sun

mon

tue

wed

thu

fri

sat

       

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

28

29

30

31

             

BoA登場〜 2003,5,26
1 COME 2 ME MY LOVE 5tion

2 Mr.A-jo As One

3 アトランティス少年 BoA

4 絶対 CAMILA

5 男の香り CAN

6 お前が本当に望むものは何だ? Crash(クラッシュ)

7 Yesterday D.O.A

8 男だから Drunken Tiger

9 指輪 F.IV

10 Girl HAO

as oneについて 2003,5,25
アメリカ海外同胞のイミン(本名:イ・ミニョン)とクリスタル(本名:チェ・ダヒ)のメンバーからなるR&B系女性Duo
1995年ロサンジェルス韓国人教会の聖歌隊で出会い、共に歌手の夢を育てていく。
声色や目指す音楽性が似通っていたためグループを組んでAS ONE(一つのように)と名前を付けた。
1999年11月に1集「Day By Day」でデビューし、2000年12月には台湾でもこのアルバムを発売。
2万枚余りを売上げ、香港歌手ス・ヨンカンが翻訳し歌ったところ、CMで使われるなど中国進出は成功を収めた。
2001年8月には2集「とんでもないわ」を発売。
1集とはがらりと変わった音楽ながら歌謡チャート1位を獲るなど人気もスケールアップ。
2002年5月には初のライブアルバムを発売。
2002年11月にはクリスマス特別アルバムを発売するなど精力的な活動をしている。

アメリカ帰りのR&B歌手がヒットするのは日韓共通の傾向!?

今回は上半期(現在)のバージョンです 2003,5,8
1 god/0%

2 clic-B/Cow boy

3 SHINHWA/中毒(DEEP SORROW)

4 NRG/Hit song

5 シン・スンフン/貴方にありがとう

6 アン・ジェモ/My Destiny

7 カンタ/Propose

8 カン・ソンフン/お前がいない俺のために

9 jtL/Enter The Dragon

10 ピ(rain)/握手

(続く)


g.o.d(じー・おー・でぃー)について 2003,5,7
1999年1月にデビューした、韓国の5人組グループ。
godとは「groove over dose」の略。プロデュースはパク チニョン。
1997年、パク チュニョン、ユン ケサン、デニー・アン、ソン ホヨンで結成。
遅れて、1998年7月にキム テウが合流。
約2年間という十分な準備期間を経て世に送り出されました。
デビュー曲「オモニムケ(お母様へ)」は、「亡き母への思い」を描いた歌詞が、多くの国民の涙を誘い、大ヒット。
その後、後続曲「クァンチャル(観察)」も好調なヒットを見せ、1999年6月、1集活動終了。

1999年11月、2集発表。
カムバック曲は「サランヘ クリゴ キオッケ(愛してる、そして覚えている)」。
TVの音楽チャート番組で初の一位に輝きました。
その後、後続曲「エス(哀愁)」の大ヒットと、MBC「イリョイルイリョイルパメ(日曜日の夜に)」内のコーナー、「ユガイルギ(育児日記)」での活躍の相乗効果で、一気に国民的スターへ仲間入り。
後々続曲「Friday Night」ヒットとなり、2000年5月、2集活動終了。

2000年11月、3集発表。
カムバック曲は「コジンマル(嘘)」。
アメリカで撮影されたMTVとその楽曲が多くの支持を得て、1位を獲得。
12月30日、KBS歌謡大賞にて、初の大賞受賞。
後続曲「チョップルハナ(ろうそくの火一つ)」、後々続曲「ニガピリョヘ(君が必要だ)」もヒットとなり、2001年2月、3集活動終了。
2001年3〜4月、初のコンサートツアーを全国6都市にて敢行。

2001年11月、4集発表。
カムバック曲は「キル(道)」。
”パク チュニョン脱退騒動”という苦難を乗り越えてのカムバック。
楽曲はもちろん、その歌詞の内容の良さに多くの支持を得て、1位を獲得。
更にこの年、各局歌謡大賞を総なめにするという快挙を成し遂げました。
後続曲「ニガイッソヤハルコッ(君がいなければならない場所)」もヒットし、2002年2月、4集活動終了。
2002年7〜9月、ソウルで100日間コンサートの前半戦を敢行。

2002年12月、5集発表。
カムバック曲は「ピョンジ(手紙)」。
100日コンサート敢行後初の作品ということで、全てにおいて実力の上がり具合がありありと実感できる作品。
12月末より再び始まる100日コンサート後半戦に専念するため、
放送活動は後続曲「0%」と「ピョンジ」でしばし活動したのみ。
2002年12月〜2003年3月、ソウルで100日コンサートの後半戦を敢行。
2003年3月30日に千秋楽を迎え、”godの100日間のヒューマンコンサート”を成功に修めたと同時に5集活動終了。
現在は充電中です。
バラエティー番組にも多数出演し、「近くのお兄さん」的なイメージがあるようです。

• キム・テウ(メインボーカル)1981.5.12生/190cm.85kg
• パク・チュニョン(プロデューサー、ラップ)1974.7.20生/181cm.71kg
• ソン・ホヨン(ボーカル、ラップ)1980.3.26生/177cm.60kg
• アン・デニー(ラップ)1979.12.12生/181cm.60kg
• ユン・ケサン(ラップ)1979.12.20生/182cm.62kg

click-Bについて 2003,5,6
DSP(デソンprojectの略)としてヒットを飛ばしてきた、ジェクスキス(現在は解散、通称チェッキー)、そしてピンクルに続く大型企画として結成されたアイドルグループ。

Click-B(くりつくびー)とは、Click-Band(Boys)の略で、"Click"には、皆さんご存知のマウスでクリック!という意味のほかに「成功する・ヒットする」という意味があります(英和辞典参照のこと)。
メンバーの差し替えで当初はバンドだったClick-Bもダンスグループ的な色合いが強まり、現在では、BはBANDではない気がいたします。

構成人員は楽器班4人・踊り班3人の7人でデビューし、2集で楽器班3人・踊り班4人に編成替えをしました。
4集発売前に3人が脱退し、現在は4人で完全ダンスグループに転向といったところです。

イメージカラーは緑色です。
イメージカラーというか、応援するときに持つ風船の色が緑色です。
ファンクラブ会員に配られるお揃いのカッパも緑色。

韓国の歌手やグループには大抵イメージカラーがあり、コンサートではファンが同じ色の風船を持って応援しているようです。


左から
キム・サンヒョク(ベース)1983.5.7/178cm・56kg
キム・テヒョン(リーダー、ダンス、サブボーカル)1981.3.19/174cm・56kg
ウ・ヨンソク(ラップ)1980.5.13/174cm.56kg
オ・ジョンヒョク(ダンス、メインボーカル)1983.2.16/176cm・54kg

神話(シナ)について 2003,5,5

N.R.Gについて 2003,5,4
H.O.T.やチェッキーのような”かっこいい”系グループや見ててちょっと”こわい”感じのヒップホップ系グループなどのなかで、 <N.R.G.>は、その親しみやすそうなキャラクターで別路線を走っています。
見た目は日本のジャニーズ系に一番近い気がします。

97年10月CDデビュー。
<N.R.G.>とは、”NewRadiancy Group”の略。
メンバーは17歳から21歳の男子5人編成。
日本でもダウンタウンが歌った”オジャパメン”でおなじみの<ソバンチャ(消防車)>が、彼らのプロデュースにあたっている。
※イ・ソンジンとチョン・ミョンフン の二人は、96年に<ハモハモ>というコンビでデビュー。 ”パンパン”と”パピヨン”の2曲がヒット。
97年 ノ・ユミン・ムン・ソンフン・ キム・ファンソンを加え、<N.R.G.>として再デビュー

しかし、キム・ファンソンは2000年6月15日に19歳という若さでこの世を去ってしまいました。
現在韓国では「キム・ファンソンSARS死亡説」がまことしやかに流れていますが、3年前であることを考えると全くのデマでしょう^^;

久々にHit songが(笑)大ヒット

歌いやすさも含めて、やっぱりジャニ系ですね。

キム・ファンソン 1981年2月14日生まれ 175cm、58kg、O型
チョン・ミョンフン 1978年4月6日生まれ 182cm、65kg O型
ムン・ソンフン 1980年10月15日生まれ 177cm、60kg、O型
イ・ソンジン 1977年2月5日生まれ メンバー最年長。175cm、60kg、A型
ノ・ユミン 1980年10月12日生まれ 170cm、60kg、A型

シン・スンフンについて 2003,5,3
大学時代は毎日弾き語りのアルバイト、それからテジョンでライブハウス等を中心に活動していましたが、1990年に「ミソソゲピッチンクデ」(微笑みの中に映る君)でデビュー。
各種新人賞を獲得し、92年以降はミリオンセラーを連発し、口パク疑惑にも負けす、国民歌手、バラードの皇帝の異名を持つ歌手ですが、その歌唱力は幅広いレパートリーを誇ります。
移り変わりの激しい韓国音楽界で10年以上の歳月を過ごし、今なお先輩歌手として大きな存在となっています。

最近では、映画「猟奇的な彼女」の主題歌をうたって話題になりました。

1968年 3月21日(旧暦)生まれ、172cm・63kg 、 O型


タレントプロフィールラッキーBINGO楽天イーグルスツールバーフリーメールニューストピックス