|
更新履歴 |
| 2009,6,8 |
 |
続き |
| 2009,6,7 |
 |
続き |
| 2009,6,6 |
 |
ただいま帰りました |
| 2009,5,19 |
 |
いってまいります |
| 2009,5,18 |
 |
まびきはできない |
| 2009,5,17 |
 |
ロハス20000 |
|
|
|
|
sun |
mon |
tue |
wed |
thu |
fri |
sat |
| |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
19 |
20 |
21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
28 |
29 |
30 |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
|
|
|
| 続き | 2009,6,8 |
|
ナポリ、ローマ、フィレンツェ、ミラノ、と大きな街を巡りました。一番印象に残っているのは、色んな国籍の人間がいることです。イタリアの人口は約6000万人でそのうちの7%にあたる420万人が移民と言われています。正確な数字を掴むのは難しいですが、不法移民がいるのでそれよりも多いことでしょう。その大部分は仕事のある都市の労働者になるので、都市ではイタリア人以外の人間を沢山見ます。
しかし正直、誰がイタリア人で誰がそれ以外なのか見分けはつきにくいです、もろイタリア顔の人はいておーってかんじしますね、イタリアでイタリア語を使って生活している人もイタリア人なのかもしれないし、その人はまた自分のナショナリティーに誇りを持ってイタリアで暮らしているだけなのかもしれないし、一概に言えることはローマの女性が綺麗であったということだけで、非常に複雑です。僕の見た光景でいうと、ローマに滞在していた時、ホテルの近くに中国人の経営しているBARがあって、そこの客が北アフリカ系と南米系の人ばっかりと僕とだったことです。そしてそれは全然珍しいことではなかったです。
疲れたので続きは明日書きます。 |
| |
|
| ただいま帰りました | 2009,6,6 |
|
帰る二日ぐらい前からラーメンが食べたくてしょうがなくなって、というのもお店のイタリア料理は毎日食べるものではなく、一人のアジア顔の男がもそもそたべるようなものでもなかったからです。基本的にイタリアでは、レストランで孤食なんてことはありません。味についてはみなさまの想像に任せたいと思います。で、イタリア料理はもういいよってかんじで。簡潔にいうのならば帰りたくなっていました。
よくあることで、かえって来たこの場所の流れのなかで、はやくも記憶がどこぞに流され始め、あるものがいたずらに美化されつつあることがとても悲しいです。
イタリアは、とか、イタリア人は、など、こいった主語と述語であらわすことができるものは少ないです。インドにいったときもそうでした。陸続きなので、ほんとうに言葉も人も食べ物も雑多なんです、イタリア発ドイツ行きの電車もあります。それを何百年と変わらぬ町並みやら教会やワインが包み込んでるわけです。
初めてのヨーロッパ地域への旅はつかれました、僕は体も小さく語学もつたない、実質の社会でした。言葉につまって、ご飯もできそうなんで、一時中断。今日はチキンテッカ、インド料理です。
今、松本です。自分の家に自分の部屋、なんと落ち着くことか。イタリア滞在中は、全てドミトリーという4〜6人の共同部屋でしたから。部屋は基本ベッドだけで、場所によってはちょっとした物置やトイレ付のシャワールームが設置してある部屋もありました。一泊あたりの値段は、10ユーロ〜20ユーロ(1300円〜2600円)、インドやモンゴルなど物価の安い地域を旅行していた僕にとってはかなり割高に感じました。シングルは35ユーロからなので、選択肢はドミトリーしかなかったわけです。それでもまぁタイミングがよければうまく眠ることができます、タイミングがよければ同室の外国人と親交を深めることができるし、大抵のオステロには談話室があるのでそこで宴会したりもできます、それなりにメリットはあります。
で、割と実質がどうかって話をして。今は、イタリアが恋しいのです。衛生的にはどこのどんな先進国より優れているがとにかく景観が汚い、看板がダサい、電車は文字だらけで疲れるし混んでるし、物が多すぎる、地方色と言っても東京の縮図には変わりないわけで、しかも松本は歪な排他性で満たされている街でもありますから。この国の都市や町の持続力のなさをひしひしと感じました。でも日本は、今のところ、今のところです、住むには最高です。
美術品は無限にありました。イタリア半島が栄えまくっていったビザンチンからルネサンスにかけて作品は本当に沢山あります、トルソの彫刻もその辺にゴロゴロ転がっています。当時の絵画は宗教色が強いものかあるいは権力者の肖像画が殆どで、その辺の知識はほぼ無しで行ったので、見ていても全然楽しめなかった。それが終わり、美術の主流が他のヨーロッパ諸国に奪われた時代の作品は殆どありません、18〜19世紀のものを殆ど見かけませんでした。行くところに行けばあるのですが、僕が行った観光ガイドに乗っているような大規模な美術館のコレクションは前述の最盛期の絵画彫刻が多かった。
でもやはり、ぱっと見て背筋が震えるような絵画もいくつかありました、それらは他のメディウムで一度も見たことのない絵画でした、カラバッジョや三人のカラッチョの作品がその時代の絵画のなかでも特に優れていると言うのは解かりました、でもローマ国立近代美術館でみたクリムトやモディリアーニやキリコのほうが、近代の作品のほうが断然好きです。彫刻も沢山みました、アントニオ・カノーヴァーやメダルド・ロッソ、ロダン、どれも素晴らしいものでした。近代のブロンズ彫刻の血管の隆起、ルネサンスから新古典主義時代の大理石彫刻の磨きぬかれた肌とじっと見ていると石から布に見えてくる衣服のひだ、写真で見ていたとしても生で見る彫刻は迫ってきます、自分の目で細部を合成して立体にして彫刻の周りをグルグル回って、スッゲーナーて感じでした。
『最後の晩餐』、ボッティチェリの『春』・『ビーナスの誕生』はぜんぜんでした、他のところで見せられすぎてるし、名品名品とかいってハードルを上げすぎているので、僕の感性はちっとも答えてくれず、ぼろぼろやんで終了でした。 |
| |
|
|